「ドッコドッコ」と「コドッコドッ」の違い

 9月の後半から、5歳の子どもたちに向けた指導を行っています。その中で、指導者が太鼓で打ったリズムを子どもたちが当てるという「リズム当てクイズ」をしました。私が太鼓で「ドッコドッコ」と打ち、それを聞いて子どもたちが口で「ドッコドッコ」と答えるものです。その中で「ドッコドッコ」と「コドッコドッ」というリズムを教えていて、興味深い点があったので紹介したいと思います。

≪よく見てみよう≫

 いくつかリズム当てをして、「今のはドッコドッコだったでしょうか。コドッコドッだったでしょうか」という質問のときに、子どもたちの意見が半分に分かれました。「ドッコドッコだと思う」「コドッ、て聞こえたよ」など、子どもたちが(あれっ?)と何かに気づいた瞬間です。この二つのリズムをしばらく子どもたちと探っていくことにしました。
 「コドッコドッ」というリズムは楽譜上では「ドッコドッコ」というリズムが含まれています。入り方は「コドッ」は左手から、「ドッコ」は右手から入ります。ですから、始めの音を見逃したり、聞き逃すと、どちらのリズムをやっているのか分からなくなってしまうのです。そのため、指導の始めは、子どもたちに、始まりの音を打つ手を注目させることが重要でした。「さあ、次はどちらの手から始まるかな」と問いを出すようにすると「こっちの手から入ったからコドッコドッ、だ」というようにじっと見て当てられるようになって来ました。

≪よく聴いてみよう≫
 さらに今度は、目を閉じて耳で聴くようにしました。すると、子どもたちは「ドッコドッコ」と「コドッコドッ」の違いをしっかりと聞き分けられるようになっていきました。先ほどのように、始まりの手を見ることはできないにもかかわらず、しっかりと違いを感じられるようになってきたのです。なぜでしょうか。
 これは、リズムをまとまりとして掴むことや、全体として「ドッコドッコ」と「コドッコドッ」の趣の違い(例えばわずかな強弱、弾み方など全体として)の違いなど、その表現の違いで「何かが違うぞ」と感じることができるようになったということがいえるでしょう。


≪感じてみよう≫
 私は、この、ぼんやりと「何かが違うぞ」気づくということについて、この指導をする上でとても重要に感じています。曲の持つ意味合いや良さを感じることは、この、言葉や、視覚的情報を知覚する以前の“感性的な”問題であるといえるからです。
 今回は、その強弱、弾みなどの表現を子どもたちが感じられるように指導することが私自身の課題だったともいえるでしょう。「ドッコドッコ」と「コドッコドッ」は楽譜の記号の並びのみならず、表現としても全く異なるものです。始めに行った、「見ること」から「聴くこと」への誘いも違いを感じる一つのきっかけになっているのです。
 視覚から聴覚への感覚の広がり、そして、それと切り離すことのできない和太鼓演奏の桴捌きという運動感覚との融合を子どもたちに体験してもらいたいのです。